『Yorimichi AIRDO』をご覧のみなさま、初めまして。
ライターの朽木( @amanojerk )と申します。
雪の中からこんにちは
僕は今、然別湖(しかりべつこ)に来ています。
北海道十勝地方の大雪山国立公園内にある、道内でもっとも標高の高い湖
羽田空港から帯広空港まで約1時間30分。そこからレンタカーで雪の北海道を進むことさらに約1時間30分。ようやく、然別湖に到着します。
何のために?
それは「AIRDOの社長にインタビューをする」ためです。
株式会社AIRDO 代表取締役社長 谷 寧久(たに やすひさ)さん
……怖っ。
すみません、思わず心の声が漏れてしまいました。
ちょっとコワモテに見える谷社長は、東京大学工学部卒、国土交通省(旧運輸省)出身で、航空局技術部長も歴任した、いわば航空安全のプロフェッショナル。
しかし、社員の方には「どんなキャラクターなのかはよく知られていない」のだそうです。
そんな谷社長の人柄に迫るインタビューをYorimichi AIRDO編集部に依頼され、「どうすれば打ち解けてインタビューできるだろう」と悩んだ末……。
編集部の協力のもと、あることをくわだてました。
そう、社長を「然別湖コタン」に呼び出したのです。
●然別湖コタンとは
例年1月末〜3月中旬に然別湖で開催されるイベント。今年で36年目の歴史があるとのこと。
コタンはアイヌ語で「集落」の意味。厳しい寒さで凍りつく湖上に、湖から切り出した氷で建物を作り、さまざまな催しをしています。
同イベントの目玉「氷上露天風呂」は、文字どおり氷の上の露天風呂。近隣のホテルから源泉を引いているそうです。
さて、こちらがその氷上露天風呂。見ればわかると思いますが、絶景です。
ちなみに外気温は日中なのにマイナス10℃ほど。お湯は熱めで氷点下の中でも快適なものの、髪が濡れるとあっという間にバリバリ凍ります。
もうおわかりですよね。そう、今回のインタビュー現場はこの氷上露天風呂! 裸の付き合いによって、谷社長との心の距離をグッと近づけようという魂胆です。
ということで、さっそく谷社長にご登場いただきましょう。
(怒られたら)全部雪のせいだ
はたして谷社長は取材班に気を許してくれるのか。
いよいよ入浴、緊張の一瞬です。
許してくれました。
「いやぁ、緊張でメガネも汗をかいてしまいました」などと、序盤から愉快なことを言いだす谷社長。
場も温まったところで(温泉だけに)、さっそくインタビューをはじめましょう。
朽木:実際に氷上露天風呂を体験してみて、どうですか?
谷社長:やはり景色が見事ですね。少し寒いですが。たまにはこういうところでゆっくりするのもいい。
朽木:社長ですから、やはりお忙しいですよね……。
谷社長:実は、そういうわけでもないんですよ。物理的にというよりは、精神的に大変かもしれません。約1,000人の社員やその家族の生活はもちろんですが、日々の運航で乗客のみなさんの命を預かるわけですから。
朽木:なるほど、責任は重大ですね。
谷社長:はい。「安全」は「絶対的使命」として、企業理念にも記されているほどです。私の携帯電話には、朝・昼・夕方と定期的に運航状況を知らせるメールが届きますよ。
朽木:それはなかなか落ち着かないような……。「航空会社の社長」というのは、いつもどんな仕事をしているんですか?
谷社長:うーん、他のみなさんは何をしているんでしょう。私に関していえば、大したことはしていないかもしれませんね。
朽木:えーっ!? どういうことですか?
谷社長:いやいや、もちろん仕事をしていないわけではありませんよ(笑)。というのも、企業が大きくなると経営陣にも優秀な人たちが集まるので、トップというのは何もかも自分でやらなくてもいいのです。社長業は雑用係にたとえられることもあるほどですから。
朽木:さすがにそんなことはないでしょう。社員にしてみれば、雲の上の世界にいる人なわけですから。
谷社長:まあ、航空業ですから、みんな雲の上の世界にいる人ですよ(笑)。
朽木:谷社長はどうして航空業界に?
谷社長:小学校くらいまで、東京都の世田谷区に住んでいたんですね。当時、外で遊んでいると頭の上を飛行機が飛んで行くんですよ。子供なので「あぁ、きっとあの飛行機はアメリカに向かうんだろうな」と思い、漠然と飛行機とアメリカに憧れました。
朽木:おお、そんな経緯が。
谷社長:そうなんです。旧運輸省に入って航空系の業務を任されて、その後、同省で数年間アメリカにも赴任して。
朽木:では、どちらも実現したのですね! 夢がある!
谷社長:でも、自分が航空業界に入って考えてみると、世田谷上空を飛んでいる飛行機はアメリカには行かないですね。おそらく大阪行きかなにかでしょう(笑)。
と、会話は盛り上がっていたものの、このあたりでさすがにのぼせてしまいそうになり……。一旦引き上げ、仕切り直しをすることに。
今回の宿泊先は然別湖畔温泉ホテル風水。然別湖の湖畔にあります。
さて、移動したのはこちら。もうひとつの然別湖コタンの人気スポットです。
然別湖の氷のブロックでできた「アイスバー」。透明度の高い氷は強風の吹きすさぶ湖の奥で採取されたもの。
ここからは湯冷めしないように、お酒を飲んで体を温めつつお送りします。
(社長のおごりで)カンパーイ!
こちらのアイスバーでは、お酒が氷のグラスで提供されます。手で触れた部分から溶けていき、手を離すとすぐに凍ってしまう不思議な感覚。
一口いただいて……。
この表情! 谷社長はウイスキー派だそうです。
朽木:さて、今度はAIRDOについてお話を聞きたいです。「北海道の翼」というのは、いいキャッチコピーですよね。
谷社長:これは中期経営戦略にも記されているのですが、実はもともと、私たちが自称したコピーではなかったそうなのです。
朽木:えっ、そうなんですか?
谷社長:AIRDOは昨年で設立20周年を迎えました。その就航当時、新聞などの報道で、「北海道の翼」という表現が使われていたようです。でも、そのときは他にも「道民の翼」などいくつかの似た表現もありました。
朽木:ではなぜ、「北海道の翼」というキャッチコピーが復活したのですか?
谷社長:それには、昨今の航空業界の情勢が大きく関わっています。長らく二大航空会社による体制が続いてきて、近年はLCC(ローコストキャリア)と呼ばれる格安の航空会社の台頭もある。
朽木:たしかに、路線によってはLCCの航空券を選ぶことも増えました。
谷社長:そんな中で「私たちAIRDOはどんな企業でありたいか」を考え抜いた結果、たどり着いたのが「北海道の翼」という原点だったんです。今では機体や名刺にもこのコピーを記しています。
「めっちゃいい話が聞けた!」
朽木:AIRDOとしては、今後どのような戦略で経営をしていくのですか?
谷社長:既報のように、AIRDOは過去に経営破綻や安全面での行政指導を経験しています。しかし、社員が一丸となって信頼回復に努めたからこそ、今がある。だから、引き続き安全活動と生産性向上に取り組んでいくというのが第一です。
その上で、航空会社として初の「LINEを活用した搭乗システム」の導入や、訪日外国人向けの割引運賃の拡充などに取り組みました。創意工夫がなされたサービスにより、価格以上の価値提供をおこなっていきます。
朽木:谷社長個人が今後やりたいことは?
谷社長:クリオネが見られる、知床の流氷ウォークですね。ドライスーツを着るような、本格的なツアーがあるんですよ。この次の企画は、ぜひそこにしましょう!
朽木:(第一印象はちょっとコワモテだったけど、意外とノリノリな社長だった……。)
アイスバーが混雑し始めたので、このあたりでお開きにすることに。海外のツアーに組み込まれているらしく、訪日外国人の姿も多く見かけられました。逆に日本人にはあまり知られていない印象なので、もっとPRをがんばればいいのに……!
なんて思っていたら、谷社長からこんな説明が。
「真冬の道央から道東部は寒さが厳しいだけでなく、雪も多く、もともと観光しにくいシーズンです。それが、コタンのような取り組みにより、少しずつ観光客を集めている。地元密着型の航空会社の社長として、その支援のためなら一肌脱ぎますよ」
温泉だけに……? いやいや、冗談です。なるほど、それでこの企画をOKしてくれたのですね。体を張って北海道をPRする谷社長の思いに頭が下がります。
然別湖コタン、みなさんもぜひどうぞ。ここでしかできない体験ができますよ!
※本記事内容は2017年2月22日時点での情報になります。
(写真:林 和也)
書いた人:朽木 誠一郎
ライター・編集者。地方の国立大学医学部を卒業後、新卒でメディア運営企業に入社。その後、編集プロダクション・有限会社ノオトで基礎からライティング・編集を学び直す。現在はMac Fan「医療とApple」連載中。紙媒体はプレジデント/WIRED/書籍の編集協力 、ウェブはForbes/現代ビジネスなどで執筆。
Twitter:@amanojerk