Yorimichi AIRDOをお読みになっているみなさま、はじめまして! 杉村啓と言います。
醤油やお酒が大好きで、普段はお酒の本を書いたり、醤油の本を書いたり、グルメ漫画についての本を書いたりしています。「むむ先生」と呼ばれていたりもします。
お酒好きにとっての聖地はいくつかありますが、今回は縁あって「ニッカウヰスキー余市蒸溜所」へと行ってまいりました。ニッカウヰスキーの創業者・竹鶴政孝とその妻リタをモデルに描いたNHKの朝ドラ『マッサン』でもおなじみですね。お酒好きとしても、マッサンを見ていた身としても、まさに聖地巡礼です。
品質の高さから数々の国際的な賞を受賞し、日本はもちろん世界でも人気が高まり、近年品薄が続いているニッカウヰスキー。また、余市蒸溜所は「行ってよかった工場見学」としても人気が高い場所なのです。しかも見学は無料! 一体どんな魅力があるのか、探ってきました!!
人気が出すぎて生産量に設備が追いつかない!
今回案内してくれたのは、ニッカウヰスキー北海道工場余市蒸溜所総務部長の高橋智英さん。最近、宮城峡蒸溜所から転勤してきたそうです。
ブラックニッカのラベルに描かれていることでおなじみの、キング・オブ・ブレンダーズのまねをしてパシャリと。
蒸溜所内では、ウイスキーの製造方法・工程が学べます。まず最初に案内されたのが「乾燥棟(キルン塔)」。
ここでは何をするのかというと、麦芽(モルト)を造るのです。
むむMEMO
お酒は糖分を発酵させ、アルコールに分解することで造られます。ウイスキーは麦から造るのですが、麦にはでんぷんは含まれているものの、糖分は含まれていません。そこで、発芽するときにでんぷんを糖分に分解する麦の性質を生かし、わざと芽を出させる(発芽)のです。
というわけで、お酒の原料として「麦」ではなく「麦芽」と書いてあるのは、芽を出した状態にして使うからなのです。ただ、芽が伸び続けると、どんどん麦の中のでんぷんが消費されてしまいます。どうにかして、芽が出た後に成長をストップさせなければなりません。
そこで行うのが麦芽の乾燥なのです。乾燥させて芽を殺してしまえば、それ以上でんぷんは消費されません。でんぷんが分解された糖分だけを利用できるというわけです。
ウイスキーの場合はこの乾燥に「ピート(泥炭)」を燃やして煙をあてます。乾燥棟ではこのピートが展示されていて、自由に触ることができました。ピートを燃やしたときの香りが、ウイスキーのスモーキーさの元になっているのです。
杉村:ところで高橋さん、今日は乾燥棟は稼働していないんでしょうか?
高橋:ああ、ここは今は動かしていないんです。年に数回、イベントで体験してもらうときにだけ動いています。
杉村:ええええ!? じゃあ、製麦(麦芽を造ること)はどうしているんでしょう……。
高橋:今はスコットランドから買っています。というのも、余市蒸溜所で消費する麦芽の量が多すぎて、ここの乾燥棟じゃ生産が間に合わないんですよ。造るウイスキーに合わせて、ピートの香りが強いものや、あまり香りがしないものなどを買って、その都度使い分けています。
杉村:知りませんでした……。いやしかし、昔からの設備じゃ今の要求に生産が追いつかないから買っているというのは面白いですね!
酵母は「ニッカオリジナル」
次は、「粉砕・糖化棟」へ。こちらは実際に稼働しているところです。
普段は見学ルートにはないのですが、今回は特別に案内してもらえました。
まず入って現れたのは、大きなタンク!
「粉砕・糖化棟」では麦芽を粉砕し温水を加え、麦汁という、いわば麦のジュースを造ります。
タンクの下が細くなっているのは、上から入れて、くみ出すため。実は中に網棚のようなものがあり、麦の殻がそこで取り除かれるようにもなっています。取り除かれる殻は、タンクの中で積もって層になって濾過器の働きをしたりもします。こうして、麦のジュースができあがるのです。
「粉砕・糖化棟」でできた麦汁は、こちらの「醗酵棟」へ運ばれます。こちらも普段はガラス越しの見学になりますが、特別に中へ案内していただきました。
この巨大なタンクの中で、酵母が加わり、麦のジュースが麦のお酒へと変わっていくのです。タンクには水冷ジャケットがついていて、温度管理はばっちりです。
糖化や醗酵などの行程は、外の展示パネルで詳しく説明されています。
杉村:ちなみに、酵母は何を使っているのでしょう?
高橋:ニッカが昔から使っている、オリジナルの酵母です。
杉村:おおお、企業秘密っぽいですね。
例えば醤油造りでも、古くから続くメーカーや会社では、代々伝わってきた酵母があったりします。ウイスキーも同じだったのですね。
世界でニッカだけ? 創業当時から続く「石炭」を使った蒸留
「醗酵棟」のあとは、「蒸溜棟」へ。『マッサン』でも造るのに苦労していた、あの巨大なポットスチル(蒸溜釜)が見られるのです!
醗酵棟で造られた麦のお酒は、ポットスチルに入れられ、加熱されます。水とアルコールでは沸点が違い、アルコールの方が低い温度で気体になるので、蒸気を集めればアルコールだけを取り出せる……というわけです。
これがポットスチル。おお、さすがに壮観だ……って、あれ?
ポットスチルにしめ縄が……?
杉村:しめ縄をしているのは何か理由があるんですか?
高橋:ニッカの創業者の竹鶴政孝は、造り酒屋の息子でして。お酒造りは神様が見守ってくれているという考えが身に染みついているんですね。事務所にも神棚はありますし、こうしてポットスチルにはしめ縄をしめているんです。
杉村:まさに和洋折衷。日本酒造りの精神を洋酒に活かしているのですね。すごい!
しめ縄に目を奪われていましたが、もっととんでもないものもありました。
杉村:もしかしてこれは、石炭……?
高橋:はい。創業当時から変わらず、石炭でポットスチルを熱しています。おそらく、まだ石炭を使ってウイスキー造りをしているのは、世界中でも極めてまれだと思います。もちろん見学用ではなく、現役で動いていますよ。
杉村:すごすぎる……。
説明を聞いている間にも、温度をチェックして石炭をくべるスタッフさんが……! 石炭直火焚きとは、恐れ入りました。
むむMEMO
蒸留時、実際にはそこまで理想的にアルコールは取り出せず、水分も多く残った状態になります。そのため、何回か蒸留を行い濃度を高めていきます。余市蒸溜所では、もともとアルコール度数8%ぐらいの麦汁を初留(一回目の蒸留)では24%ぐらい、再留(二回目の蒸留)で72%ぐらいにするそうです。
ちなみにこのポットスチル、よく見てみると、ひとつひとつ形状が違っていたりします。
ネック(上の、クビ部分)の角度が違っているのが分かりますか? この微妙な角度の差によって、蒸留されるお酒の風味が変わるのです。
というのも、ネックの部分で成分が冷やされて、また釜の中へと戻ったりする(環流と言います)からなのです。角度が深かったり浅かったりすると、それだけ釜へ戻る成分の量が変わり、風味も変わるのです。
高橋:余市蒸溜所ではストレート型のポットスチルを使っています。まっすぐに落ちていくのでウイスキーの風味が出やすいんです。宮城県の宮城峡蒸溜所にあるポットスチルはバルジ型といって、少しボコッと膨らんでいます。その膨らみにひっかかることで循環が多くなる、つまり環流しやすくなるんです。そうなると華やかで軽やかなお酒に仕上がります。
杉村:余市で造られるウイスキーの風味がしっかりとしていて、宮城峡のウイスキーが華やかで軽やかなのは、ポットスチルの形状の差だったんですね!
いつまでも眺めていたかったのですが、そうもいかないので次へ行きましょう。樽造りの行程を展示している「混和棟」が工事中のため、「貯蔵庫」へ向かいます。
「空調設備は?」「ありません」
「蒸溜棟」で蒸留されたお酒は樽に詰められ、熟成し、ウイスキーへと変化していくのです。その樽に詰まったお酒を貯蔵しているのが「貯蔵庫」。見学用の一号貯蔵庫は創業時に作られたもので、増築を重ね、現在は26棟の貯蔵庫が稼働しています。
樽に入っているお酒は呼吸をします。夏になると中の空気が膨張し、樽の外へと出ていきます。冬になると中の空気が収縮し、外気が樽の中へと入っていきます。この「呼吸」によって、味わいの邪魔になる成分などが出ていき、まろやかな味わいになるのです。
杉村:ところで、空調設備が見当たらないのですが、見学スペースだからですか……?
高橋:いえ、どの棟でも貯蔵は自然任せです。余市の気候は冬がとても寒く、湿度が高いため、貯蔵に適しているんです。この貯蔵庫も見学者から見える手前のほうは展示用の樽で中身が入っていませんが、ついたての向こう側には実際にウイスキーが入っている樽がありますよ。
杉村:むしろ見学用の貯蔵庫に実際の樽があるのがすごい。
むむMEMO
樽の中で貯蔵されているお酒は、揮発して少しずつ減っていきます。知らぬ間に天使が飲んでしまったのかもしれないということで、その減った分を「天使の分け前」とも言ったりします。湿度が低く乾燥していると揮発する量が増えて、どんどんお酒がなくなってしまうので、湿度が高いことは重要な要素になるのです。
というわけで余市蒸溜所では、
- 麦芽を作る「乾燥棟」
- 麦芽を粉砕して麦汁を造る「粉砕・糖化棟」
- 麦汁をお酒にする「醗酵棟」
- 麦のお酒を蒸留する「蒸溜棟」
- 貯蔵して熟成させる「貯蔵庫」
と、ウイスキー造りの現場を間近で見学できるようになっていました。乾燥棟以外は現役で動かしているものなので、臨場感たっぷりでした。来てよかった!
この後、熟成を重ねたウイスキーの原酒は栃木や千葉の工場に輸送されます。工場にいるブレンダーがいろいろなタイプの原酒と組み合わせ、店頭に並ぶ「ニッカウヰスキー」を完成させます。
まだまだある余市蒸溜所の見どころ!
余市蒸溜所内の施設はこれだけではありません。
まずは、ウイスキー博物館。ウイスキーの歴史にまつわるあれこれが展示されています。
ポットスチルがあったり、
伝説のノートといわれる「竹鶴ノート」展示されていたり。
伝説のノートとは、竹鶴政孝さんがスコットランドに留学した際、ウイスキー工場で働きながら学んだことをまとめたノートのこと。後に英国首相となった人物に「東洋からきた青年が一本の万年筆とノートで我が国門外不出のウイスキーづくりの秘密を盗んでいった」と言われたほど緻密で、日本のウイスキー造りはこのノートを元に行われました。実はスコットランドにもしっかりとした文章の記録は少なく、世界的に見ても貴重な資料なのです。生で見られて感動!
もちろん『マッサン』コーナーもありました。
マッサンといえば、工場内には移築した旧竹鶴邸もあります。
こちらは、基本的にはホールのみの見学。間取りがわかる模型が展示してあるのですが、見学できるのはこの右端の部分だけです。
今回は特別に、ホール以外の部分も見学させてもらいました。こちらは竹鶴さんの寝室。
いたるところに「竹」と「鶴」をモチーフにしたものがありました。畳の縁すら竹と鶴です。
高橋:この部屋、普通の部屋にはない「アレ」があるんですが、何か分かりますか?
杉村:アレ……?
なんと、ふすまの向こうにトイレが!
毎晩寝室でお酒を飲んでいた竹鶴さんは、トイレに行きたくなっても隣の部屋で眠るリタさんを起こさないようトイレを作らせたのだそう。ちなみにこのトイレ『マッサン』でもさりげなく再現されていたそうです。NHKの美術チームすごい。
高橋:竹鶴はわりと横着な性格だったみたいですね。
杉村:それにしてもまさかの発想。
最後に『マッサン』でもおなじみのリビングで、竹鶴政孝さんと同じポーズで写真を撮らせてもらいました!
他にも、敷地内には無料試飲コーナーがあり、「スーパーニッカ」「シングルモルト余市」「アップルワイン」がそれぞれ1杯ずつ飲めます。
おいしーい!
レストランや、お土産コーナーも。
敷地内は緑も多く、ここでお弁当を食べたいと思うほどでした。今回はタイミング的に紅葉がとても綺麗でしたが、冬の雪化粧もそれはそれは美しいそうです。
杉村:工場を隅から隅まで見学できて、試飲コーナーがあって、これで見学無料……!?
高橋:ツアーガイドがいらなければ、予約も特に必要なく、自由に出入りできますよ。
杉村:大らかすぎる!
名残惜しいのですが、工場見学はこのぐらいにして、次は実践を。
Yorimichi AIRDO編集部に「品薄のニッカウヰスキーがたくさん飲める場所がある」と聞いて、札幌・すすきのにある「THE NIKKA BAR」へと向かいました。
札幌でニッカウイスキーを味わい尽くすならここ!
というわけでやってきました。確かにすごい品ぞろえです。どこを見てもニッカのウイスキーだらけ! しかも、ちらほら終売になったものも見える!
今回はバーテンダーの船尾桂経さんにお話を伺いました。
杉村:ウイスキーにあまり親しみがない人に、ウイスキーの美味しさを味わってもらいたいとすると、どれがオススメですか?
船尾:それでしたら「竹鶴」の飲み比べはいかがでしょうか? ピュアモルト、17年、21年が飲み比べられます。ある程度飲んでいる人は飲み比べると楽しく、飲み慣れていない人でもじっくりと好きな味わいを探っていただけると思います。
むむMEMO
ウイスキーは毎年ブレンダーが原酒をブレンドして同じ味わいになるようにしているため、「年数」表示は、純粋にその年数を経ているという意味ではなく、その「年数」の味が決まっているということ。「17年」と書かれていたら、使われている原酒は最低でも17年は熟成させている原酒しかブレンドしていないという意味にもなります。つまり「17年」には17年熟成もあれば20年熟成、30年熟成のものもブレンドされているかもしれない。でも、15年熟成のものは含まれていないのです。
船尾:ちょっと飲みにくそうにされていたら、水を数滴たらしてみることをオススメしています。それだけでもふわっと香りが広がって、飲みやすくなるんですよ。
船尾:まだドラマ『マッサン』の話をされている方もいますし、余市蒸溜所見学帰りのお客様もたくさんいらっしゃいます。そんな方には余市をオススメしたりもします。
杉村:いやー、美味しい! 美味しいですね! ちなみに船尾さんはどのウイスキーが一番好きなんですか?
船尾:フロム・ザ・バレルです。いま、フランスで大ブームを起こしていますね。
ああ、どれも美味しい……。
気付いたらたくさん飲んでいました。
というわけで、「ニッカウヰスキー余市蒸溜所」の見学から最後はバーまで、ウイスキー尽くしの旅でした。
余市の蒸留所はガイドツアー付きでも無料! かつ試飲付き! こんなに楽しいのに無料にしていいんでしょうかというぐらい楽しかったです。
建てられた当時の設備がまだ現役で、しかも動いているのを見られるのですから、楽しくないわけがありません。行く人行く人が絶賛するのも分かります。というかこれは、お酒好きなら行かなければダメです。行かないと後悔します。
お酒が飲める人は、公共交通機関で行きましょう。無料試飲コーナーでしっかりと飲むためです! 僕も次は冬景色を見に行きたいと思っています。
今回紹介した場所
ニッカウヰスキー余市蒸溜所
北海道余市郡余市町黒川町7-6
0135-23-3131
無料
9:00~17:00
※ガイド付きの見学は、午前の部が9:00~12:00、午後の部が13:00~15:30で、毎時0分と30分に開催
***
THE NIKKA BAR
札幌市中央区南4条西3丁目第3グリーンビル2F
011-518-3344
平日18:00~翌3:00、日・祝18:00~翌1:00
不定休
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書いた人:杉村啓(id:shouyutechou)
醤油やお酒を愛し、そのおいしさ・楽しさ・奥深さについて広める活動を行うライター。旅先ではまずスーパーで醤油コーナーやお酒コーナーをチェックする(今回もその姿を編集さんに見られました)。グルメ漫画・料理漫画研究家でもある。著書に『グルメ漫画50年史』『白熱ビール教室』『白熱洋酒教室』『白熱日本酒教室』(すべて星海社)、『醤油手帖』(河出書房新社)ほか。京都在住。
ブログ:http://shouyutechou.hatenablog.com/
Twitter:https://twitter.com/mu_mu_
編集:はてな編集部