Yorimichi Airdo旅のよりみちをお手伝い

野生のシャチに会うため、知床半島・羅臼へ行ってきた

突然ですがこの迫力満点の骨格標本、なんの動物のものかお分かりになりますか?

実はこれ「シャチ」の骨格なのです。イルカやクジラの仲間で、高い知能を持つことで知られるほ乳類「シャチ」。英名は「Killer Whale」で、海の食物連鎖の頂点に立つことから「海のギャング」なんて呼ばれることもしばしばな一方、愛らしい白と黒の模様と芸達者さで水族館の人気者だったりするあの「シャチ」です。

(C)知床ネイチャークルーズ

そんなシャチたちが自然の海を泳ぐ姿を、日本の近海で見ることができると聞きつけ、北海道の知床半島を訪れました。

ご挨拶が遅くなりました。ブロガーで編集者のOKPと申します。

普段は関東近郊で登山や釣りを楽しんだり、その様子を写真に撮ってブログに載せているのですが、「知床半島の羅臼(らうす)に行けば野生のシャチが見られますよ!」と友人の動物写真家から情報をもらい、はるばる北海道・羅臼町までやってきました。

「おーい、シャチはどこだ〜〜〜?」

ホエールウォッチングの名所! 羅臼ってどんなところ?

知床と聞くと、簡単には行けないはるか彼方の地……なんて思うかもしれませんが(?)、実は羽田空港から道東の玄関口である女満別(めまんべつ)空港までは飛行機で1時間45分ほど。空港のある大空町から羅臼町までは車で約2時間半(約130km)と、想像していたよりもアクセスがいいことは、実際に訪れてみて初めて分かりました。

しかしながら、これは北海道全域でいえることですが、道中の車窓がとにかく美しい景色だらけで、特別な観光スポットでなくともついつい足を止めてしまいがち。初めて行かれる方は最低プラス1〜2時間以上の余裕を見ておくとよいでしょう。

羅臼の中心部まであと30分ほどの知床峠で、車を停めて夕焼けを眺め始めたら、あっという間に随分な時間が過ぎておりました……。その間ずっとひとりぼっちの贅沢なひととき。

(C)知床ネイチャークルーズ

羅臼は知床半島の東側にある港町。高級な「羅臼昆布」の産地としても有名ですが、世界自然遺産である知床半島を擁しており、陸や海で多くの貴重な野生動物たちが見られることでも知られています。中でもさまざまな種類のクジラやイルカ、そして今回のお目当てであるシャチを沿岸で観察することができる、「ホエールウォッチング」の名所なのです。

羅臼の海は北方四島のひとつ「国後島」を挟んだ根室海峡に面し、年間を通して波が穏やかな「凪(なぎ)」の日が多く、安定した船上からクジラたちの姿を見やすいことが魅力なのだとか。

今回お世話になった「知床ネイチャークルーズ」さんは、羅臼でホエールウォッチングを行っているクルーズ船のひとつ。夏季(4月下旬〜10月中旬)にクジラやイルカなどのクルージング、冬季(1月下旬~3月中旬)に流氷や鳥などのクルージングを実施しています。船長を務める長谷川さんはかつて漁師だったそうで、羅臼の海を知り尽くしたプロ中のプロです。

昔は、名所になるほど羅臼の海にシャチやクジラがいることを、地元の漁師すらあまり知らなかったとのこと。長谷川さんたちが地道に海に出てクジラたちの生態を学び、ホエールウォッチングのノウハウを蓄積してきたそうです。

ホエールウォッチングは、この「エバーグリーン号」に乗船して行います。基本的に午前と午後の1日2便運航ですが、繁忙期は1日3便の日も。この日の乗客は、各地からの観光客だけでなく、国内外の研究者、プロのネイチャーフォトグラファー、さらにテレビ局の取材クルーとさまざまでした。羅臼の海には世界中から「プロのシャチ&クジラファン」が集まるのです!

ちなみに、冒頭で筆者がシャチを探していた場所は、羅臼港から車で約5分の場所にある「クジラの見える丘公園」。双眼鏡があれば陸からのホエールウォッチングも可能で、海上からもその見晴らしのよさは一目瞭然!

そしてシャチの骨格標本は、羅臼の海で実際に暮らしていたオスのシャチで、2005年2月、突然やってきた流氷に閉じ込められて死んでしまった群れのうちの一頭です。そんな骨格標本が展示されている「羅臼ビジターセンター」では、知床の自然に関する様々な情報を手に入れることができます。

シャチには出会えるか? 1便目、出航!

羅臼のクルーズ船でシャチが見られるベストシーズンは5月から7月上旬にかけて。筆者が訪れた6月は、比較的シャチに遭遇しやすい時期といわれていますが、それでも発見率は50%弱だそうです。もちろん自然が相手ですので、絶対はありません。凪の日が多い羅臼の海でも、時化(しけ)で出航できないことだってあります。

果たしてシャチには会えるのか……。筆者にとって生まれて初めてのホエールウォッチング、胸を膨らませつつ出航です。

羅臼港の入口では、国の天然記念物に指定されている絶滅危惧種「オジロワシ」が見送ってくれました。オジロワシは、オオワシと共に冬の北海道に飛来する大型の猛禽類ですが、年間を通じて羅臼で巣を作る個体もいるそうで、町の鳥にも指定されています。

クルーズ中のエバーグリーン号のデッキでは、クルーからこの時期に羅臼の海で見られる動物の特徴や探し方をレクチャーしてもらえます。

ホエールウォッチングのクルーズ船では、基本的に船上からの目視でシャチやイルカなどを探します。

すぐに動物に遭遇できるわけではありませんが、雪をまとった知床連山を船の上から眺めているだけでも最高に気持ちがいい! しかもこれだけ沖に出ているというのに、ご覧の通りの波の静けさ。筆者は釣りなどで小型船に乗ることもありますが、これだけ穏やかな海も珍しいです。

羅臼とは逆方向の水平線には国後島。地図では知っていても、実際に目にすると水平線の両側まで広がるその大きさは島というよりはまるで大陸のよう。国後島は沖縄本島よりも大きいそうです。

クルーズ船はこの国後島との間に引かれた海の上の中間線(日本とロシアの国境ではなく、お互いの主張の中間線)を越えない範囲を航海します。そんな羅臼や国後にまつわるさまざまな話を長谷川船長が聞かせてくれるので、動物に出会えない間も退屈することはありません。

突然スピーカーから「正面にミズナギドリ!」とクルーの声が響きます。船を進めていくと国後島をバックにした海面に、水鳥の群れが見えてきました。

初めて目にする筆者は「すごい鳥の群れだ!」と思いましたが、多いときはこんなものではないそう。それこそ海一面を真っ黒に覆い隠すような群れが見られるそうです。

そして、ついに白と黒の姿が……! といっても、シャチではなくイシイルカでした。

イシイルカは体長2mほどの小型のイルカで、海面に飛沫(しぶき)を上げて泳ぐ姿が特徴的。日本の水族館では見ることのできないイルカだそうです。すばしこくて写真に撮るのも難しい!

結局この日最初の便は、ミズナギドリとイシイルカに出会えたもののシャチには出会うことができず、2時間半のクルーズを終えて港へと戻ることとなりました。自然が相手なので見られない可能性は充分覚悟していたつもりですが、やっぱり少し残念?

しかし、そんな気持ちも知床半島の美しい景色を眺めていると、どうでもよくなってしまいます。「ああ、今自分は憧れの知床の海にいるんだ」と思うと、例え動物の姿がファインダーになくても何度もシャッターを切ってしまうのです。

ついにシャチと対面……!? 2便目、出航!

一度船を降り、羅臼港近くの食堂で地物海鮮(当然最高に美味)を食べて午後のクルーズに備えます。再びエバーグリーン号に乗り込んで、この日2便目の出航です。今回も港の入口からオジロワシが見送ってくれました。

実はこの日、午前中にシャチを発見した別の船からの情報があり、午後はいきなりシャチの群れを目指すことができたのです。なんという幸運!

沖に出て船を進ませること30分。さて、この写真。遠くに見える船の横(向かって右側)に、水面から突き出た数本の影があるのが分かるでしょうか?

この姿はもしかして……。

うわわわわ、間違いなくシャチです。すごい! 本当に海を泳いでいるううう!!(興奮のあまり少々混乱気味)

シャチは家族で群れを作って行動する動物で、子供から大人までが入り混じった数頭〜数十頭の群れを形成するそうです。長く伸びた背びれはオス、短い背びれはメスや子供のシャチのもの。まさに「一家」という感じの背びれたちが海面にニョキニョキ。この日遭遇したのは6〜7頭で構成されたシャチの家族です。

見た目の大きな特徴でもある目の上の白い模様「アイパッチ」も見えました。

シャチの頭付近に霧のように上がっているのは、呼吸のためのブロウ(潮吹き)。クジラでもおなじみですね。泳ぎながら定期的に水面に顔を出しては「プハー」と息継ぎをしている感じでしょうか。

じゃれ合うように泳いでいる、背びれの小さいシャチは子供かな?

時折、お腹や胸びれを見せるように泳いでいました。

写真でどこまで伝わるか分かりませんが、シャチのツルっとした皮膚の質感までよく見えます。うーん、思わず触ってみたくなる。

クルーズ船から逃げることもなく、むしろ興味深そうに近くを泳いでくれるシャチたち。顔を出しながら斜めに泳いでみたりして、かわいいなあ。

雪が残る知床連山をバックに悠々と泳ぐシャチの一家。人間が近くにいようと全く恐れる様子はありません。これが「海の生態系のトップ」といわれる、王者の余裕と風格でしょうか。

シャチを目の前にして、エバーグリーン号の乗客たちも興奮気味。前日からクルーズ船に乗っているという、遠方から羅臼を訪れた女性客も「ようやく見られました!!」と感激ぶりを隠せない様子でした。

オスの立派な背びれを後ろから見た姿。小さなボートに乗っていて、こんな巨大な背びれが迫ってきたらビビりますね。

時には船の真下を抜けていくシャチたち。まさに自由自在の泳ぎっぷりです。

この日のエバーグリーン号は、3日ぶりのシャチ遭遇だったそう。2回目の乗船でシャチに出会えた筆者は、運がよかったのでしょう。シャチと会えた時間は、船がシャチに接近してから1時間弱。しかし、水族館ですら滅多に見られないシャチが、実際に大海原を自由に泳ぎ回っている姿(しかも家族で)を目にしたことが、しばらく信じられない状況でした。自分の目でしっかり見ましたし、写真もたくさん撮りました。それでも信じられないくらいに、夢のような体験でした。

春〜初夏にはミンククジラやナガスクジラに、本格的な夏には大型のマッコウクジラに出会えることもあるそう。さらに流氷の季節になれば、オオワシやオジロワシ、そしてアザラシたちにも……。こうなると今度は他の動物にも会ってみたい。すっかり羅臼のとりこになってしまいました。

長谷川船長いわく「羅臼でクルーズ船に乗るときは、なるべく、余裕のあるスケジュールで。また、一度きりと言わずに、一年を通じて何度もこの素晴らしい羅臼の海に足を運んで欲しい」とのこと。エバーグリーン号のクルーの皆さま、素敵な体験をありがとうございました! 必ずまた羅臼に戻ってきます!

他にも魅力たっぷりの道東&知床半島

さて、今回の旅は羅臼のホエールウォッチングがメインでしたが、知床には他にも魅力が盛りだくさん。記事冒頭で紹介した知床峠の他にも、女満別空港から羅臼へ向かう道中に多くの素晴らしい風景や自然と出会うことができたので、最後にその一部を紹介します。

北海道の道路はどこまでも真っ直ぐ続く一本道が多いのですが、中でも「天に続く道」と呼ばれる有名なスポットが斜里(しゃり)町にあります。名前の通り、そのまま天に昇っていくように見える一本道。近くには展望台も設置されています。

知床国道近くにある「オシンコシンの滝」は、日本の滝100選にも選ばれています。実は、今年の冬も知床を訪れる機会があったのですが、その際はバスから一瞬しか見ることができなかった滝なので、ようやくじっくりと対面できて感動しました。

知床を代表するネイチャースポット「知床五湖」。ヒグマの活動期(5月10日~7月31日)は、地上を自由に歩くことはできませんが、公認ガイドによるガイドツアーに参加するか、安全対策が施された高架木道を歩くだけでもこのような景色と出会うことができます。

そしてドライブ中には、エゾシカやキタキツネといった野生動物に遭遇することがあります。普通に道路にいたり、突然飛び出してくることもあるのでスピードの出し過ぎは禁物です。とても愛らしいですが、あくまで野生動物なので観察には一定の距離を取りましょう。直接触る、餌をやるなどの行為は厳禁です。

この痩せたキタキツネは、もしかしたら観光客に餌付けされてしまったため、車が来ても逃げずに道路の真ん中に座っているのかな? なんて考えてしまいました(単に夏毛への生え替わり時期だっただけかもしれませんが)。

知床に来ると風景の美しさはもちろんのこと、自然と人間との関係について普段よりも考える機会が増える気がします。とてもとても素敵な場所なので、皆さんもぜひ機会を作って訪れてみてください。

書いた人:OKP

東京在住のフリーランス編集者/主夫。アウトドアと音楽、6年前に始めたカメラが趣味のアラフォー。ブログ「I AM A DOG」では、カメラや登山、日々の食事について書いてます。

Twitter:@iamadog_okp

編集:はてな編集部